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夜が開ければお盆ホリデー


キスについて書きすぎている。ついでに。


飲み友達のおばちゃんは


「最近の子はキスなんて言わずに『チューして』とかいうよね」
と言っていた。

…確かに!

母とそう歳も変わらないおばちゃんがどこで『チューして』に出くわしたのかはまったく謎ではあるのだが…。

最近の子に私も入っていいのかはわからないが30代事務職はキスを何と言えば一番いいのかな。
チューでは甘すぎるしキスでは何かあらたまり過ぎ、くちづけ?

いやいや…。


そういえば、なんで猫メイクでおなじみのバンドのKISSはSが必ず稲妻みたいになってるのかな。
かわいいよね、あの字体。


そんなこんなで夜が明けて、今日はノープランの明石ツアー!
タコを食べる名目だけどどこかで夏牡蛎に出くわさないかと淡い期待を抱いている。

投げキッスのススメ


劇作家の宮沢章夫さんも自身のエッセイで行為にも関わらず投げられる『投げキッス』について言及された。


思えば『投げ』がつけば、もれなく『キス』ではなく『キッス』になるという受験にも日常生活にもなんの役にも立たない法則を発見した。
しかし、これはキスにおいては特殊な用例である。

以下、時代ごとにでもないが思いつく限りのキッスなタイトル(一部冒頭の歌詞)を挙げたい。


♪涙のキッス
♪長いキスの途中で
♪今すぐKiss me
♪車の中で隠れてキスをしよう
♪Kissに撃たれて眠りたい
♪Kiss again
♪もう一度キスしたかった
♪キスして欲しい
♪あなたのキスを数えましょう


ご覧のように、キッスと言っていた時代から何故か英語表記のkissを経てキスになっている。

『キッス』→『kiss』→『キス』

この変遷とともに何となく、いやらしい秘め事な感じだけが失われ、愛情表現や恋人同士でもライトな要素が強まって来たように思う。


かつて、探偵ナイトスクープに日本東西の『アホ』と『バカ』の境界線を見つけたいという他愛もない依頼が寄せられ、そこからオーソリティー柳田国男教授までもが登場し国語学界に一石を投じる事態となった『日本アホバカ分布図』のように、この『キッスの変遷』も脚光を浴びる日は来ないだろうか。

ちなみにみうらじゅん氏は数年前男同士のキス『男キッス』を流行らせようとしておられました。

アメリカンキッス

アメリカンキッス

暑いね。
明け方のカラスのうるささが尋常じゃない地域からお届けします。

さてさて先週から真面目にキッスの小さい「ッ」に関していろいろと考えている。

結論にはまだ辿りついていないが、というかとんと辿りつける気配もない。

ただいくつかの思ったこと。

まずキスないしキッスは英語だから、ネイティブの発音をまず無視してはならない。

表記は『Kiss』なのだから、sがふたつ。だからローマ字読みすれば、キッス、で間違いはないはずだ。
ただ映画などで聞いていると、キッスよりもキィスに近いように思う。キに力をぐっと入れてあとはふっ抜く感じ。

英語だから、キスもキッスもなく、正しくはキィスなんだねー。


英語について長くなってしまったところで時間となりました。

次回はキッスの続編になるかもならないかも…。

ついでにジェントルマンなヒゲみたいなギターの写真を載せておきます。

レトロことば

レトロことば

日曜日はレッスンの後、師匠の家で少しくつろがせて貰っていた時、昭和歌謡曲集の譜面があって、色んな昔の歌を面白可笑しく見ていた。


昔の曲は曲の冒頭や途中に決まったセリフ入りのものがよくあり、セリフの部分もちゃんと譜面に起こしてある。
有名なものでいうと加山雄三の「幸せだなぁ…」であったり、『男はつらいよ』寅さんの「わたくし生まれも育ちも葛飾…」などがある。


いちばん色んな意味で心に残ったのが平尾昌晃という方の曲で『星は何でも知っている』のセリフ。


「あの娘を泣かせたのはおいらなんだ。
だってさ、とってもかわいくってさ、キッスしないでいられなかったんだ。
でもお星さまだって知っているんだ。
あの娘だって悲しくて泣いたんじゃない。
きっときっと、うれしかったんだよ。」
というもの。

えっ!!
「おいら」も「キッス」もまぁ見過ごすとしても、これはどうなんですか、お星さま!この男の考えはこれであってるんですかー?!
でもこの話いちばん盛り上がったけどね。

何かと滞りがちな更新ですが、次回は「キッス」の小さな「ッ」がいつ頃から無くなったかを考察しようかな。

涙の色は


最後に人に涙を見せたのはいつか。
いきなりではあるが、ふと思い出そうとすると全く思い出せない。
映画とか、しみる曲とか、フラれた時とか一人でウルっとしたことは何となく思い出せるけど。
やはりこの期に及んで恥ずかしく思っているのか、ブリっ子と思われたくない反動なのか。

思えば涙自体も男の恥だったり女の武器になったり、デトックスになったり、トラウマだったり同情するアイテムだったり、言い様もないほど嬉しかったり、うしろめたさだったりと色々と忙しいものだ。


…とある知人のはなし、娘とセーラームーンの映画を観に行って、味方の何かの瀕死のシーンで号泣してしまったお父さん。
その話を聞くと、おかしくも温かくて羨ましいような気持ちになる。
さぞかし娘には白い目で見られたことだろうが…。


やっぱ
「泣かないで」とか
「泣いてもええよ」とか、ましてや
「泣きなさい、笑いなさい」
なんか全然いらない。

涙に気付かない様子で、必死に笑わせようとしてくれるダンディが好きです。

ざわざわする

ざわざわする

日常に潜む危険、心の闇、ごく普通の主婦の秘密、現代社会の狂気…そんなワードに興味を示さずにはいられない。

未解決事件や3面記事を見るのが大好きで、実話をもとにしたクライムサスペンス映画などは脇目もふらず見に行ってしまう。

ここ最近は福田和子の逃走劇に胸が熱くなった。胸が熱くなったと言えば何か福田和子をかばう感じになってしまってあれだが、本当に胸がざわざわし過ぎてたまらなかった。


整形、偽名、和菓子屋女将時代、間一髪での自転車での逃亡、そして最後、時効寸前で行きつけのおでん屋で女将に通報されてしまい逮捕となる。


福田和子のドキュメンタリーを見て以来、色んな友達に福田和子の話をしまくっているのだが、いつも行くぎやまんのおばちゃんは

「繭(私)がもし、和子でも逃げるように合図したるわ」と言ってくれた。


もしほんとにそんなことをしたら色々と問題はあるだろうが、これってすごいええ話ちゃう?って後になって気付いた。


でもその時は自分の話を先にしたすぎて、「いやいや犯罪なんてやってないし(笑)」みたいな軽い感じで流してしまった。

普段は人の話聞かない人嫌いって言ってるくせに和子の話をした時ばかりは「かまってさん」になっていましたね私、反省。

夢見る頃を過ぎても

夢見る頃を過ぎても

定年退職してからずっと家にいる父が野球観戦など居間を占領しており、とにかく自室に籠るか外に出掛けたい、そんなティーンエイジな心持ちの岩井です。

「ここで打たんかぇ、鳥谷ボケ、コラ!」と悪態をつく超inside弁慶な父に「ほなお父さんがいっぺん代わりに代打やってみたら?」という大人げない禁句をかろうじて飲み込む日々。


思えば、ライブも観劇も映画ももともとは外出する為の口実であったような気がする。


こないだ出掛けたライブは友人であり私の公式ライバルであるボーカルの悠希。

彼女は本当に精力的に音楽活動しており、もはやライバルと思っているのは私だけかも知れないが。
久しぶりにお邪魔した祗園のかずおさんの店、ベースオントップで私を含めお客さんが一曲づつ歌った楽しい夜となった。

悠希は人生のターニングポイント(開運的な意味合い?)ごとにピアスかタトゥーをしてしまうらしく、また新たなタトゥーが左腕に制作中だった。

今までにない感じではあるが、不思議に親しみと尊敬のある友達である。

彼女のまぶたや乳首に穴が空かない事を願うばかりだ。
まぁ別にいいけどね。

『つけたいほうだい』


社員旅行から戻ったらいつか捕まりそうだった予感のASKAがついに逮捕され、季節がほんの少しだけ戻って肌寒くなっていた。


旅行の間ずっと風邪引いてた。久しぶりに喉と声やられるやつ。でも治りかけのとにの絶妙なかすれ具合は妙に憧れるところであります。

久しぶりに携帯の電源を入れたら来ていたメールは7通、そのうち5件が不要なDMと迷惑メールであった為いつにも増して削除ボタンを連打してしまった。

さてさて、飛行機の楽しみと言えば映画が見放題なとこである。
今でもCG<特撮と信じて止まない私は、大ヒットの『アナと雪の女王』に見向きもせず、4〜5本のアメリカ映画を観た。

以下がその映画の原題。
『Rush』
『The secret life of Walter Mitty』
『The monument man』『We are the Millar's!』

どれもとても面白かったけど、ふと日本でも公開されてるんかな、と調べてみると、ほぼほぼ違った邦題がつけられていた。

以下がその邦題。

『Rush 〜プライドと友情〜』
*サブタイトルを入れてカッコよく!

『LIFE!』
*シンプルになった!


『ミケランジェロ・プロジェクト』
*映画の内容を知れば分からないでもないが一気にB級感が…


『なんちゃって家族』*……何だ、それ!の一言


という面白いのか面白くないのかよくわからないが興味深い結果が得られた。
果たしてマットデイモンもジェニファーアニストンも納得しているのだろうか。

素材に罪は無し

素材に罪は無し

こないだはグランドイリュージョンという、映画を観た。
マジックで銀行を襲うなど犯罪を犯し、ショーとしてそれを観客に見せ、刑事がそれを追うというハリウッドらしくお金のかかった面白い映画だった。
結末はどんでん返し過ぎて、ひっくり返りそうになった。
それはもう傍目かわまず小さく「ぇっ?」と声に出たほどだ。
そして次に「何で?誰が?いつから??」無数の「??」の海の中を漂う羽目になった。
ある意味もう一度見たい映画となった。


映画館を出ると、福山雅治主演の『そして父になる』とその真隣に松本人志監督の映画R100のポスターのキャッチフレーズ『父はM』という字面だけが飛び込んできた。


どちらも見る気にはならなかったが、あいだを取って『そしてMになる。』という映画があれば観てみたいなとふと思ったけど、やっぱり観に行かないだろう。

写真はある日の晩ごはん。けっこう時間かけたのに素材そのまま感と居酒屋感がありすぎる料理たちです。

時の過ぎ行くままに

時の過ぎ行くままに

「もう11月か、早いなぁ」「あと2ヶ月で今年終わりやなぁ」といったような毎年やってる会話をそろそろやめていこうと思っている。

去年あたりから実践もしている。

時の流れは万人に平等なのだ。

ニーチェを読んで過ごしても、ひたすら鼻をほじくっても一時間は一時間。
早いだの短いだの言っているという事は、無為に過ごしていた事を認めるに他ならない。ということは、この一年、何の変化も驚きも思い出も無かったと言い切っているような錯覚に陥る。

しかしながら「明日死んでも悔いはない」と思って日々生きるのもまた難しいことだ。

悔いの残らない寝起き、悔いの残らない通勤ラッシュ、悔いの残らないパソコン作業、何より悔いの残らない夕飯の献立選び…カップ麺など食べている場合ではない。
毎日目を血走らせて生きなければならない。

やはりどんなに平凡な一日であったとしてもいい日だったと自分を誤魔化すことが何より重要なように思う。
そして「明日は何かいいことあるやろう」と何の根拠もない自信を持つことも。

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